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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)676号 判決

控訴人(被告) 京都府地方労働委員会

補助参加人 中央競馬労働組合

被控訴人(原告) 小川佐助

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともすべて被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決三枚目表末行の「休裁」は「体裁の」、七枚目表五行目の「成積」および一九枚目表七行目の「成積」はいずれも「成績」の誤記であるから訂正し、七枚目裏一行目(注、例集一三巻三号五七三ページ八行目)の「中京競馬」の次に「場」を加える。)

(控訴人および補助参加人の主張)

一、控訴人が本件救済命令で認めた被控訴人の不当労働行為は、使用者たる被控訴人が第三者(馬主楠本逸治)の不当労働行為意思をうけてこれを実行し、向井孝行よりその担当馬ガイダーネルを取り上げた点に存する。しかして右第三者に不当労働行為意思があつたことは被控訴人において自白しているところである。すなわち、控訴人が「馬主楠本に不当労働行為意思のあつたことは、楠本が被控訴人に対し『ストライキをやるなんてけしからん、これからストライキに参加するようものには馬は持たされない』とか『ガイダーネルの馬丁としてストライキに参加しないものを強く要望する』等申し向けて、向井から被控訴人がガイダーネルを取り上げるよう要請していることにより認められ、被控訴人は右楠本の意を体し向井よりガイダーネルを取り上げた」旨主張しているのに対し、被控訴人は昭和三七年二月二六日付準備書面(同年三月一四日原審第三回口頭弁論期日において陳述)の二、の(ロ)において、「本件で元来不当労働行為意思が認められるのは馬主楠本についてであつて、唯楠本が向井の使用者でないという理由から不当労働行為が成立しないのであるが、このような楠本の要求は中労委のいわれるごとく『労働組合法の期待するところに背馳する』ものである。」と述べていることから楠本の不当労働行為意思のあつたことを自白していることは明らかである。

(控訴人の主張)

被控訴人は、被控訴人自身には不当労働行為意思はなく、被控訴人は楠本に飜意を促すべく極力説得したが、遂に飜意させることができなかつたので、楠本の要請に応じなければ、ガイダーネルを他の厩舎に預託替えされるか他に売却されることが予想され、かくては向井がガイダーネルを失うばかりか、被控訴人も預託馬一頭を失うことになり、被控訴人厩舎としては損失であると判断し、やむをえないと考えて、向井よりガイダーネルを取り上げ、被控訴人廐舎に属している菊地馬丁に持たせ、被控訴人廐舎から馬の減少を防止したもので、このような行為は正当防衛ないし緊急避難に類する処置として許さるべきものと主張するが、被控訴人の右の処置は単純に馬主楠本の不当労働行為意図に同意してガイダーネルを取り上げたのではなく、楠本の意図を排除しようとはしたが、応じてくれないので、使用者としての立場における利害を打算して楠本の要請にこたえたというにすぎず、結局は楠本の不当労働行為意図をうけて、使用者として自由意思によつてこれを実行したということに帰するのである。この場合もし楠本の要請に応じなければ、被控訴人の事業経営が崩壊するという事態にあつたのであれば、被控訴人の主張するように緊急避難に類する処置として楠本の要請に応じても社会的に不相当な処置とはいえないかも知れないが、そのような緊急事態の認むべきものが全然存在しない本件においては、預託馬一頭減ずるぐらいのことで、これを回避するため、馬主の不当労働行為意図に基づく要請を使用者として実行することは、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当するものであることはいうまでもない。

(補助参加人の主張)

一、補助参加人組合(以下単に組合ともいう)は昭和三三年一月八日京都競馬場、阪神競馬場、中京競馬場所属の馬丁中約一九〇名の馬丁をもつて結成され、現在約二六〇名の組合員よりなる組合であり、旧名を「日本中央競馬会関西馬丁労働組合」といい、昭和三七年五月九日現名称に変更したものである。

二、組合が行つた本件ストライキ(以下単にストともいう)は、原審で控訴人が主張したとおり、「当日のストは特に午前六時から午後四時までと予じめ時間を限定して行われたものではなく、組合の方針としては、その日は午前三時の飼付を行つた後は一日就労しないということであつた」のである。そして組合はスト当日の午後四時頃ピケツテイング(以下単にピケという)を解散したが、ストを解除したのではない。本件ストにおいて全一日就労しないという組合の機関の決定が変更された事実はないし、使用者側にスト終了を通告した事実もない。今、本件ストの経過を詳述すると、

(1)  一一月二九日のストに先立ち、組合では同月二五日スト権を確立し、同月二八日の団交開始直前に行われた組合の執行委員会において、同日の団交の結果如何によつて翌二九日に一日ストを決行し、同日予定せられた競馬を中止させて使用者に強力な打撃を加えることが決定され、二八日午後五時より京都競馬場会議室で行われた右団交が翌二九日午前四時頃に至つて交渉が決裂したので、組合は席上直ちに同日一日ストの決行を使用者側に通告した。

(2)  本件スト当日(日曜日)は、競馬開催日に当つていたから組合としては使用者側の第二組合員らを使つての競馬の強行を阻止するとともに、使用者側からの切崩しによる組合員の脱落を防止して団結を強化してストの実効を確保するため組合員約二五〇名を京都競馬場内の組合事務所馬丁食堂ならびに一等館湯呑場の三ケ所に分散集結し、ピケを張らせた。

(3)  スト当日の正午頃組合では執行委員会を開き、情勢を検討し、スト中の戦術につき討議した結果ピケの解散は午後四時頃と決め、午後四時頃殆んど全部の組合員を一等館湯呑場内に集結せしめ、吉田執行委員長ならびに百瀬地評オルグから、同日のスト態勢はこのまま続けるが、ピケは一応解散し、翌月曜日から金曜日までは平常どおり就労して、一二月五、六の両日の阪神競馬場の競馬開催日には第二波ストを行う方針を説明し、しかる後組合員はピケを解いてそれぞれの廐舎に引き揚げた。

(4)  向井は拡声機係を担当し、馬丁食堂前に据えつけられた拡声機により組合員の気勢をあげるため労働歌を放送していたが、指令伝達の連絡員ではなかつた。同人はピケ解散後廐舎に帰つて持馬ガイダーネルの廐舎をのぞいてみたが、既に誰かが夕飼をしていたので、自分では飼付をしなかつた。

以上のとおりで、本件ストは時限ストでも、また午後四時頃スト解除がなされたものでもなく、全一日ストであつて、午後四時頃解除せられたのはピケにすぎない。(被控訴人は組合幹部のいた一等館湯呑場にまでピケを張らせることは奇妙だと主張しているが、日本におけるストの実体から、ピケは争議行為的側面と組織行為的側面特に後者の意を持つことが強調されている現実を忘れて、ただピケを争議行為的側面でのみとらえた誤りの上に立つ主張である。)

しかして、本件ストが法的には全一日のストであつてみれば、向井が仮に当日飼付をしなかつたからといつて、向井のストによる不就労を理由に向井からガイダーネルを取り上げたことはまさしく不当労働行為であり、控訴人の救済命令は一部事実の誤認があるとはいえ、向井からガイダーネルを取り上げた被控訴人の行為について救済命令を発したことは結局正当である。

(被控訴人の主張)

一、被控訴人は訴外楠本の不当労働行為意思の存在について自白したものではない。すなわち、

(イ)  控訴人および補助参加人主張の被控訴人の昭和三七年二月二六日付準備書面二、の(ロ)において控訴人および補助参加人主張のように述べているのは、中央労働委員会(以下中労委と略す)が本件再審査申立事件の命令書において「向井の持馬の取り上げについてみると、馬主楠本が被申立人(被控訴人)に対し申向けたことは結局スト参加者には自己の所有する馬を持たせないということであつて」と述べていることを前提としたものであつて(被控訴人が右準備書面の二、の(ロ)において論じたのは中労委の所論に対する反論に限定されている)、被控訴人のいわんとするところは、要するに中労委の所論のごとくであつたにしても、不当労働行為意思が認められるかどうかは楠本につき判断せらるるものであり、被控訴人については、反対の事情があるから、不当労働行為意思は認められるべきではないことを主張したものである。

(ロ)  ところが中労委は、右のごとく「馬主楠本が被申立人(被控訴人)に対して申し向けたことは結局スト参加者には自己の所有する馬を持たせないということであつて」と要約しているが、もとの事実関係は、控訴人が救済命令の「向井孝行の持馬取上げならびに休職について」において認定した訴外楠本と被控訴人との間の経緯であつて、控訴人もこれを綜合して「楠本が向井からガイダーネルを取り上げようとした真の理由はスト直後の向井の不就労にあつたのではなく、同人がストライキに参加したがためであるとみるのが相当である」と述べている事実関係である。

これによつて明らかなように、中労委の要約や控訴人の右のごとき所論は前記の事実に基づく解釈ないし判断であり、事実そのものではない。中労委も控訴人も、このような解釈ないし判断を前提として馬主楠本の不当労働行為意思を認定し、しかる後被控訴人の不当労働行為意思を認定しているのである。これと同様に、被控訴人が前記準備書面において「本件で元来不当労働行為意思が認められるのは馬主楠本についてであつて云々」と述べた点も単なる法律上の判断であり、事実そのものではない。そして裁判上の自白は事実そのものについて成立するのであるから、被控訴人が右のごとき法律上の判断を述べたからといつて、控訴人主張のごとく、第三者の不当労働行為意思が認められることについて自白したものと断ずることはできない。

二、しかして、馬主楠本の意図がどのようなものであつても、被控訴人は楠本を極力なだめることに努力したものの、遂に楠本を説得し得ず、万策つきて、これ以上頑張れば向井がガイダーネルを失うのみならず、調教師たる自分までガイダーネルを失い、廐舎全体とすれば損失であると判断し、やむをえないと考えて、向井からガイダーネルを取り上げ、同じく自己の廐舎に属している菊地馬丁に持たせ廐舎から馬の減少を防止したのであつて、決して楠本の不当労働行為意図をうけて使用者としてこれを実行したものではない。被控訴人において楠本の意図の実現を妨げんと努力したことが顕著に認められる本件において、被控訴人の不当労働行為意思が否定せられるのは当然であつて、不当労働行為意思が否定せられる以上、被控訴人に不当労働行為の成立しないことはもとより当然である。

三、本件ストがスト当日の午後四時終了したことは証拠上明白であつて、午後四時のスト解除は組合幹部において決定したものであつて、解除は予じめ決められてあつた連絡員から組合員に伝達せられているのである。当日組合員は一等館の湯呑場、馬丁食堂、組合事務所に集つており、組合の委員長や幹部は一等館の湯呑場にいたのであるから、参加人主張のごとく、ピケが解除されたにすぎないとすると、組合幹部は当日ピケを張る必要のない場所、殊に委員長や幹部がいた一等館湯呑場にまでピケを張らせたという奇妙な結果になるわけである。

また仮に午後四時頃ピケが解除せられたにすぎなかつたとしても、楠本はもとより、被控訴人もこのような組合の内部の戦術を知る由もなく、ストが解除せられたものと思つていて、スト解除後の不就労を重視しての楠本の強い要請を拒否しがたく、万やむをえないものと考え、向井よりガイダーネルを取り上げたのであるから、楠本についても被控訴人についても不当労働行為意思は認められず、不当労働行為意思の認められないところに不当労働行為が成立する余地のないことは当然の事理に属する。

(証拠関係省略)

理由

一、被控訴人が請求原因として主張する事実中、原判決事実欄記載の一、ないし四、の事実は、被控訴人の被用者として、本件スト当時、非組合員である馬丁四名騎手二名がいたことおよび田辺松男が馬丁であつたことを除いては、すべて、当事者間に争がない。しかして原審証人田辺松男の証言によると、昭和三四年一一月二九日の本件スト当時被控訴人廐舎には騎手二名、騎手候補一名、馬丁九名がおり、そのうち組合に加入していたのは、騎手候補の田辺松男と馬丁の武蔵勘次郎、向井孝行、片野良光、小川徳三郎の五名であつたことが認められる。

二、被控訴人は、控訴人の発した救済命令には、理由中の「向井孝行の持馬の取上げならびに休職について」の事実認定において、向井がスト解除後の午後五時頃被控訴人廐舎へ行つた旨認定している点に事実誤認がある旨主張し、参加人は本件ストは全一日ストで当日午後四時頃解除せられたのはピケであつたから、その点において事実誤認がある旨主張するので、本件ストの終了時期および向井から持馬ガイダーネルが取り上げられた経過について考察するに、この点についての当裁判所の認定は、次のとおり訂正するほか、原判決理由(原判決一三枚目表二行目から一五枚目表一一行目(注、例集一三巻三号五七七ページ一行目から五七八ページ終行)まで)と同一であるから、これを引用する。

(1)  原判決一三枚目表三行目(注、同上五七七ページ一行目)の「乙第二号証の四」を「乙第二号証の六」と、同四行目(注、同ページ二行目)の「同菊地末蔵、同田辺松雄」とあるを「同菊地末造、同田辺松男」と訂正する。

(2)  原判決一三枚目裏一行目から九行目(注、同ページ九行目から一三行目)まで(原判決理由第二の一の(三)の部分)を次のとおり改める。

(三) 本件ストは当日午後四時頃スト解除により終了し、向井はスト解除の指令を午後五時以前に知つた。当時小川廐舎での飼付時刻は午前三時半、同一一時、午後五時と、水飼投草の時刻は午後八時と定められていたが、向井はスト解除後も終日廐舎に戻らず、午後五時の飼付および午後八時の水飼、投草を怠つた。

(3)  原判決一五枚目表六行目から七行目(注、同上五七八ページ一五、一六行目)にかけての「右楠本の要請を容れ、」を「ストに参加しなかつた馬丁ならよいという楠本の条件を受け入れ、」と改める。

(4)  以上の事実認定を支持する証拠として成立に争のない乙第一号証の三、六、一一、一五、一八、三一、原審証人吉田清志の証言、当審証人向井孝行、同楠本逸治の各証言の一部および当審における被控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を加える。

(5)  当審証人向井孝行、同楠本逸治、同吉田清志の各証言および当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

三、そこで以上の事実関係において、控訴人が本件救済命令において認めているごとく、被控訴人が向井からガイダーネルを取り上げたことが不当労働行為に当るか否かについて考察する。

(一)  成立に争のない乙第一号証の二六によると、馬丁の給料は昭和三四年二月まではその持馬の頭数にかかわらず同じであつたが、同年三月からは組合の申入れにより持馬の頭数によつて給与に差が生ずるようになり向井はガイダーネルを取り上げられたことにより減収となり不利益を蒙つたものであることが認められる。

(二)  参加人は、本件ストは前同日の全一日ストで、スト突入直前の団交で使用者側にもその旨通告しており、スト当日の午後四時頃解除せられたのはピケだけであるから、向井が当日午後五時の飼付および午後八時の水飼、投草を怠つたとしても、スト継続中のことゆえ当然のことであり、これを理由として被控訴人が向井に対し不利益な処分を行つたのは不当労働行為である旨主張するけれども、本件ストが当日午後四時頃終了したことは前認定のとおりであるから、参加人の右主張は前提を欠き失当である。

(三)  しかして叙上認定の事実によれば、楠本は自己の持馬ガイダーネルの担当馬丁向井がストに参加していることについて痛く憤慨し、被控訴人や田所秀雄騎手に対しストに参加する馬丁には自己の持馬を担当させられない旨言明していることおよび被控訴人の説得にもかかわらずストに参加した馬丁以外の馬丁に担当換えすることを強く要望しているのであるから、右楠本は向井がストに参加したこと(本件スト参加が労働組合の正当な行為に当ることは弁論の全趣旨により明らかである)を嫌忌して、これに対する報復として被控訴人に向井からガイダーネルを取り上げることを要望したものと認められる。もつとも、楠本の前記名刺(甲第一号証)には、前認定のとおり、右要望は向井のスト参加によるものではなく、スト解除後の飼付を怠つたことを理由として担当換えを要求するもののごとく記載されており、当審証人楠本逸治の証言ならびに原審および当審における被控訴人本人の供述中にはこれに副う部分があるけれども、楠本が被控訴人の説得によりたやすくその当初の意図を翻し、スト終了後の飼付を怠つたことに対する処置としては酷にすぎると思われる持馬の取上げを要望したものとはとうてい認めることはできない。

なおこの点について、控訴人および参加人は、被控訴人は楠本の不当労働行為意思の存在を自白している旨主張しているけれども、控訴人および参加人主張の被控訴人の昭和三七年二月二六日付準備書面(同年三月一四日原審第三回口頭弁論期日において陳述)の二、の(ロ)において主張するところは、本件救済命令の再審査申立事件の中労委の認定および判断に対する主張であつて、中労委の認定した事実を前提として、不当労働行為意思の認められるのは楠本についてである旨主張しているにすぎないし、また弁論の全趣旨によると、被控訴人は控訴人が本件救済命令において認定した事実中、前記スト当日の午後五時頃向井が被控訴人廐舎に行つた事実を除いてその余は争わない趣旨であることが認められるけれども、右の控訴人の事実認定中には、楠本の不当労働行為意思の存在を否定する事実(原判決添付別紙第二の(五)の事実)およびこれを肯定する事実(前同(三)および(六)の事実)が存し、かかる一連の事実を被控訴人が争わなかつたとしても、被控訴人が楠本の不当労働行為意思の存在を自白したものとすることはできないから、控訴人および参加人の右主張は採用しない。

(四)  しかして前認定の事実によると、被控訴人は右楠本のストに参加しない馬丁ならばよいとの要望を受け入れて被控訴人廐舎の非組合員の馬丁菊地国夫にガイダーネルを担当換えしたものであり、楠本の前記意図を察知して向井からガイダーネルを取り上げたものであることは明らかである。そうすると被控訴人は第三者(楠本)の不当労働行為意思に従つてこれを実行したものであつて被控訴人にも不当労働行為意思があつたといわねばならない。

被控訴人は、楠本をなだめることに極力努力したものの、遂に同人を説得しえず、万策つきてこれ以上頑張れば向井がガイダーネルを失うのみならず調教師たる自分までガイダーネルを失い、廐舎全体とすれば損失であると判断しやむをえないと考えて向井からガイダーネルを取り上げ、同じく自己の廐舎に属している菊地馬丁に持たせ馬の減少を防止したのであつて、被控訴人において楠本の意図の実現を妨げんと努力したことが顕著に認められる本件において、被控訴人は楠本の不当労働行為意思をうけて使用者としてこれを実行したものというべきではないから、被控訴人の不当労働行為意思は否定せらるべきであると主張する。しかしながら、前記のとおり、被控訴人は楠本の不当労働行為意思を察知しながら、これに従つてその意図を実行したものであるから、被控訴人にも不当労働行為意思があつたとみるべきは当然であつて、当初被控訴人が楠本に極力翻意を促がし、これをなだめるに努力したが、楠本においてその意をまげず、これに従わねば馬主においてその持馬を他に預託換えし、向井がガイダーネルを失うのみならず、被控訴人廐舎においても損失を蒙るから万やむをえずと判断したとしても、被控訴人に不当労働行為意思が認められることには何ら変りはない。けだし楠本の右意図は労働組合法が使用者に対し期待するところに背馳するものであることは明らかであるから、馬の預託契約が馬主において自由に解約しうるものであるため、被控訴人においてその事業経営上幾分の損失を蒙るとしても、馬主の不当な要望を拒否すべきものであつて、これを拒否せず、馬主の要望に従つて向井に対し不利益な処分をした以上、向井のスト参加を理由としてその持馬を取り上げたものというべきであるからである。

(五)  被控訴人は、また、右のごとく、被控訴人が万やむをえずと判断してなした右行為は正当防衛、緊急避難あるいは期待可能性なきものとして是認せらるべきである旨主張するが前認定の事実関係および本件にあらわれた全証拠によるも、被控訴人の右行為が正当防衛、緊急避難あるいは期待可能性なきものと認めるべき事情は存しないから、被控訴人の右主張も採用しえない。

四、以上の次第で、被控訴人の向井から担当馬のガイダーネル取上げ行為は、向井が本件ストに参加したことに対する報復と認められ、これを放置するにおいては組合の組織および活動の弱体化を招くに至ることは明らかであるから、被控訴人の右行為は組合に対する支配介入に該当するものというべきである。そして右不当労働行為の救済として原判決添付別紙第一記載の文書を組合に対し提出することを命じた本件救済命令は相当である。

五、よつて被控訴人の本訴請求は失当であるから、これを認容した原判決はこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条八九条九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 官本聖司)

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